東京大学大学院修了後、民間企業での業務を経て再び研究の道に戻られた、岡山大学の酒本隆太先生。
なぜ民間企業から研究の道に戻られたのか。これから金融の分野でキャリア形成をしたい若い層はどのような視点を持つべきなのか。酒本先生にお話をお伺いしました。
岡山大学
経済学部准教授
酒本隆太先生
東京大学大学院修了後、英国ヘリオット・ワット大学大学院博士課程修了(PhD)。
その他、東京大学公共政策大学院、筑波大学ビジネス科学研究科、エクセター大学 ビジネススクールで学ぶ。
その後、大和住銀投信投資顧問株式会社、ワイジェイFX株式会社を経て岡山大学経済学部准教授に着任する(慶應義塾大学産業研究所の客員研究員を兼任)。
大学での研究を選んだ理由は「1つのテーマにじっくり取り組みたかったから」
私は大学生の頃にデータ分析の仕事をしたいと志していました。そこで、分析対象となるデータが豊富にある金融業界に入ることを選択したのです。
大学院の修士課程を修了後、資産運用会社で主にデータ分析の仕事を4年半行い、英国に留学して博士号を取得しました。その際に博士論文の指導教員から、資産運用会社でのキャリアと英国留学で学んだ計量経済学を活かしたテーマとして、現在の研究分野でもある「通貨ポートフォリオ」を提案されたのです。
博士号取得後は外国為替証拠金取引業者でデータ分析や経済分析の仕事に従事した後、大学でファイナンスを研究するようになりました。民間企業では、目の前のビジネスの課題に対応しなければならないため、1つのテーマにかけられる時間は限られています。
その点、大学では1つのテーマにある程度時間をかけて取り組める上に、研究の最初から最後まで関われます。その点に魅力を感じて、大学で研究する道を選びました。
現在では、計量経済学の手法を使った資産価格の変動要因の実証や高収益率を期待できるポートフォリオ構築の手法の提案、資産価格とマクロ経済の関係といった3つの分野の研究に取り組んでいます。
国際的な査読雑誌に論文を発表できたことが誇れるキャリア
キャリア形成というテーマからは少しずれてしまうかもしれませんが、私の中で最も印象に残っているキャリアは、1社目を退職して30歳から英国の大学で博士論文を執筆したことです。この時期はその後の人生を変えたという意味でも最も印象に残っています。特に1年目は大学で教鞭を取ることもできなかったので、将来が見えない中、貯金を取り崩しながらの生活で精神的には難しい局面が多々ありました。
また、2018年から2023年の間で英国のビジネススクールの業績評価に際して「国際的業績」と認定される査読雑誌に9本の論文を発表できた実績は私の誇りです。投資実務の経験があり、国際的な査読雑誌に定期的に論文を発表している研究者は日本国内ではごくわずかですので、光栄に思います。
心がけているのは「金融分野に興味を持ってもらえることを重視した仕事」
私が研究をする上で大切にしていることは、読み手にわかりやすい論文を書くことです。論文を読む側は書く側ほどその分野に詳しくない場合が多いので、読み手の立場になって論文を書くことが重要だと考えています。
また、学部学生の教育については金融ビジネスに興味を持ちにくい地方都市の大学で教鞭を取っていることから、まずは金融分野に興味を持ってもらえるような授業を心がけています。社会人の大学院生の教育については、本業で忙しい中、学びに来ている学生の方々なので、本業のビジネスや個人の資産運用のヒントになるような知識や手法を提供することを心がけています。
これからのキャリア形成には、金融業界の枠を超えた視野を持つことが必要
これから金融の分野でキャリア形成を考えている若い方は、自分の強みになるスキルや経験はどのようなものなのかを意識することが重要だと思います。金融業界の中でも、分野によって必要とされるスキルは異なります。
またそのスキルや経験は、必ずしも金融分野の業界内だけで評価されるものであるとは限りません。場合によっては業界の枠を越えてキャリア・アップを目指すことも視野に入れておくといいでしょう。
どのような経験やスキルであっても、具体的に成果を示せると評価されやすくなります。そのため、自分の経験やスキルを具体的に伝えられるような仕事を意識することが評価につながると思います。
もしデータ分析の仕事をしたい場合は、統計的な分析手法だけでなくその分野のデータ特性やビジネスモデルについての理解も重要です。統計的な分析手法だけに興味を持つのではなく、分析したい分野のデータ特性やビジネスにも興味を持ってほしいと考えています。
今後の展望は、より国際的に影響力のある研究を発表すること
今後は、より国際的に影響力のある研究を発表したいと考えています。そのためには掲載されるのが難しい雑誌に論文が掲載されることや、自分が論文で提案した手法を多くの研究者あるいは金融業界の方々に利用してもらうことが必要です。
この2点を意識して、これからも研究を続けていきたいです。