東洋大学(経営学部)教授、現代社会総合研究所所長として活躍中の藤尾美佐先生にお話を伺いました。ジョンソン・エンド・ジョンソンなどの米国系グローバル企業にて、秘書や通訳業務に従事していた藤尾美佐先生は、「日本人の英語コミュニケーションの課題と可能性」をテーマに長年研究を行っています。これまでのご経験やご活躍から、今後グローバルに活躍したいと考える人へのアドバイスを藤尾美佐先生ならではの目線で伺いました。
東洋大学 経営学部教授
現代社会総合研究所所長
藤尾 美佐先生
京都府立大学文学部卒業後、ジョンソン・エンド・ジョンソンなどの米国系グローバル企業でバイリンガル・セクレタリとして秘書業務や通訳業務に従事。その後、東京大学大学院(総合文化研究科言語情報科学専攻)で応用言語学を研究し、大学教員へ。最近の科研では、基盤研究(C)「海外から見た日本人グローバル人材の強みと課題-大学教育への示唆-」や「大学間・インバウンド・キャリアとの連携による異文化間コミュニケーション能力の育成」の代表者を務める。前JACET理事・関東支部長、前JBCA常任理事・現関東支部長。
外資系企業で働き、日本人とそれ以外の人の差を感じた
京都府立大学文学部卒業後、すぐに大学教員になったわけではなく、10代の頃からの夢であった通訳の仕事をするためにジョンソン・エンド・ジョンソンなどの米国系グローバル企業で、秘書や通訳として働いていました。その時に一緒に働いていた日本人の中には、お世辞にも高い英語スキルがあるとはいえないにも関わらず、コミュニケーション能力が非常に高い方々がいました。反対に日本人の学生たちは、英語のテストで高得点を取る人が多いものの、コミュニケーション能力で彼らに劣ってしまいます。この違いは何が原因なのかと疑問に思う場面が多々ありました。
人生最大の転換期は会社員からアカデミアへの転身
若い頃は20代で外資系の企業で働いて経験を積み、ゆくゆくはフリーの通訳や翻訳家として活躍したいと考えていました。しかし、実際に働いてみると通訳という仕事は、自分の言葉を持てる場が少ないと感じたのです。それは私に向いている仕事ではなく、もっと自分の言葉で、社会にも影響力のある自己表現をしていきたいと考えるようになりました。
そうして、思いがけず東京大学大学院(総合文化研究科言語情報科学専攻)に入学するチャンスを得て、応用言語学の研究を始めました。現在の研究は、海外で働いた時に感じた日本人とそのほかの外国人の「言語能力とコミュニケーション能力について」の疑問や企業勤務経験が生きていると思います。私は会社員として働くよりも、自分自身で疑問にとことん向き合い、自由に可能性を切り開いていける大学教員のほうが性に合っていると思うので、この選択に間違いはなかったと自信を持っています。しかし、企業勤務経験があったからこそ自分自身のやりたいことや向いていることに気づけたので、それまでの経験が無駄だったと思うことは一度もありません。
学会賞を獲得してきた研究人生の中で印象に残るもの
研究者になって、これまでにたくさんのプロジェクトに関わる機会をもらって、国内外で数々の学会賞を受賞させていただきました。その中でも、自分自身が研究代表として行った「海外から見た日本人グローバル人材の強みと課題」というプロジェクトは、科研費(科学研究費助成事業)を獲得して進めることのできたプロジェクトです。この時期はちょうど研究でイギリスに滞在していた頃でもあり、欧州や北米で仕事をするビジネスパーソンへ実際にインタビューをして、いくつかの論文をまとめることができました。この経験はプロジェクトの成功という成果だけでなく、さまざまな人と関わることで日本における企業課題や政治的な課題について感じるものが多々あり、自分自身も学ぶことの多い機会だったことが印象的です。
大きな成果を得た経験としては、JACET(大学英語教育学会)で行った産学連携プロジェクトも印象的です。各都道府県の教育委員会にアンケートを配布し、各都道府県が力を入れている英語教育のテーマについて調査しました。この時、JACETの関東支部長をしていたこともあり、プロジェクトリーダーとして、アンケートの統計などの量的研究と自由記述を分析する質的研究の両方を行えたことも、その後の研究に大きな影響を与える良い経験となりました。
今後コンサルティングなどでグローバルな人材を目指すなら
研究者一個人として、グローバルな活動がしたいと考えている若い方々にアドバイスをするとしたら、コミュニケーション能力と共に大切なのは、自分の考えと相手の思いや評価とのギャップに対して客観視できる能力です。
例えば、コンサル業界では働く中で、クライアントの適切なニーズの発掘、新たなビジネスチャンスづくり、フレームワークを考える能力を鍛える機会がたくさんあるでしょう。しかし、コンサルタントは神ではなく、自分が考え提案することが100%相手のニーズを満たせるとは限りません。それは、クライアントのほうが企業のことを深く知っていて、組織として適切かどうかをジャッジする能力に長けているからです。仕事に求められるコミットメントとクライアントの評価や要望にギャップがあることも忘れてはいけません。相手の望みや思いに歩み寄ることによって、二人三脚で歩む姿勢も大切にすべきだと思います。
これは企業に勤めコンサルティングをお願いする立場だった経験を経て、感じたことです。
これからも自分らしく生き続けるために
これまでの人生は、研究に情熱を持ち「好きだから続けたい」という思いで駆け抜けてきました。情熱を失ってしまっては、いくら経済的に豊かな生活が送れていたとしても、自分らしい人生を生きているとは思えません。今もこの思いを大切にするために、自分ならではの研究の切り口や感性を大切にしています。
そして、最近思うことは、今後も自分らしく生き続けるためには、引き続き、情熱を持てる何かに打ち込んでみたいということです。日本はとても文化的価値の高い国なのに、いつもせかせかしたり、人の目を気にしたりして生きているように感じます。在学研究で滞在していたイタリアは、古くからの歴史的建造物や音楽、ダンスなどが至るところに溢れ、それらが人々の生活に今も密接に関わり、生活そのものをとても楽しんでいる姿が印象的でした。
私も彼らのように自由で解放された人間として、表現やチャレンジ精神を大切にできるクリエイティブでアーティスティックな活動をして生きていきたいと思っています。退職してからダンサーになるのが夢です!